いつかのための、心臓病メモ

第一子を授かるも、精密検査で重度の先天性心疾患が発覚。とにかく不安で仕方がないけれど、自分のため、妻のために、元気になった後に「あー僕むかしこうだったんだ」と息子が振り返れるように、つらつらと病状や出来事書き記していく予定です。 産まれる前の診断は総動脈幹症→20170719産まれる→診断名変更、両大血管右室起始、大動脈弁狭窄(重度)、大動脈縮窄

再手術とかお友達のこととか

三歩進んで二歩下がるとはよく言ったものですが、やはり二歩下がる時の不安は計り知れない。


前回の更新後、術後数日は調子が良かったものの、呼吸が安定せず、むくみも取れず、結局肺動脈バンディングの再手術に(涙)

根治治療の方針、yasui式?のラステリ術だか二寝室修復術を目指しつつも、片方の心室が狭くなりすぎるのも困るので、単心室への移行含め色々な指標を図っていきながら方針決めましょうということでしたが、なんといっても、姑息手術後の容態が安定しないことにははじまりません。

いつ安定するかなぁと思ってたら、むしろサチュレーションは下がる一方。

呼吸器依存が抜け出せず、あれよあれよとバンディング再手術が決定


また振り出し。

 

体や脳への負担が心配だし、何より生まれて2週間で二回も開胸手術をこの子は受けるのか…

再手術の合併症とか大丈夫なのか…

 

気を保つのがやっとでしたが、先週の金曜に無事終了。

術後2日でむくみも取れスッキリしたお顔で面会!


と思いきや、おしっこが出ずむくんだり、呼吸器離脱の訓練をしようとするとギャン泣きしてサチュレーション下がったり。

結局お鼻の管はつないだまま。

長期戦になりますよーと看護師さん。

 

 

当然ですが血流が人と違う以上、姑息手術したからすぐ良くなるわけもなく、出来ることが増えると、出来なくなることも増えたりしてて、でもどうにか生きながらえてる。

 

今日見に行ったら、自分でおしゃぶり持ってチュパチャパしてて気持ちを落ち着かせてて(泣くと酸素濃度がやばくなる)、サチュレーション下がると必死にヒーハー呼吸して元に戻ったりしてて、あぁ利口な子だなと思った。

親バカかもしれないが、身体を駆使してなんとか生きようとしている我が子は立派だ。


進んだり戻ったりの日々で、毎日心臓がばくばく。

こんなばくばくな心臓だけども、出来ることならこの子の心臓と取り替えて自分がハイリスク手術を受けてやりたいぐらい。

 

もう本当に汚い話になるのですが、NICUには色んなお友達がいます。

すぐ回復して戻っていく子もいたり。事情はわからないけれどネグレクト気味の子がいたり。お星様になってしまう子もいたり。

 

やっぱり健康に育ってく赤ちゃんを見るとちくしょうという気になるし、

ネグレクトされてる子を見るとそんなんなら心臓取り替えてくれと思ってしまう

お星様になった子を見ると悲しいけれど「うちの子だけはなんとしてでも…」と正直思う。

 

自分の子どものことばかり考え、どんどん独善的になってる気がする。器量が狭くなってる気がする。

資格勉強も仕事も正直殆ど手につかないのだが、それでも毎日この子の顔さえ見れれば、もう何でも良いとすら思う。

こんな父親で申し訳ない。

 

でも、踠いてる息子の姿を見てるとこれじゃダメだと思う

 

いつか、自分は適応できるのだろうか…

パパママ、メンタル鍛えられっぱなし。

f:id:tepepapa:20170809200830j:image

写真はNICUに貼ってあったもの。

息子よ、父親ははやく君とポケモン探しに行きたいぞ。

そのために心を強くしておくぞ。

 

 

突然の出産、診断名変更、手術

ご無沙汰です。

お陰様でいろんな方にコメントを頂いております。

うちの子は人気者です^ ^

 

さて、タイトルにもありますが、無事生まれました!姑息手術もひとまず成功!


ともかく疾風怒濤、いろんなことがおこったので、整理のために書き記します。

今回の記事は完全に備忘録のメモ日記ですので、ご容赦ください…(_ _)

 


7月6日
セカンドオピニオンを取るべく、心臓手術で有名な榊原記念病院へ。
今かかってる成育医療センターに紹介状を書いてもらい、事前に送ったお陰か、7人ものお医者さんが胎児の心臓エコーを見てくれました。感謝!
診断名は…

 

おそらく総動脈幹症
ただ総動脈幹の近くに、見えるか見えないの細〜い血管らしきものがある?かな?よくわからない、けれど、あるならば診断名が変わる。
大動脈が物凄く細いということになるし、それと右室から出てるので両大血管右室起始やら大動脈弁狭窄やらという話になる。
前者だと思ったら後者だった、という事例が最近あったので、断言はできない。
産まれてからちゃんとエコーを取ればハッキリしますね。

 

なるほど。
この日はそれでおしまい、診断名が大きく変わったわけではないので、産院は変えず。

 


7月10日
ハイリスク出産なので、計画分娩の日取りを決める。
この日が35wとちょっとだったので、39wの8月7日でいくことに。
子どもの発育はよいが(この時点で成長曲線をはみ出していた)やはり初産なので、十分時間をとって出すという方針
それに備え、僕はお盆前の仕事を全て7月後半へ移動し詰め込む
妻もそれまでに、大事な友人と会っておく予定をぽこぼこと入れる。

後々これが大きく覆り、対応に奔走することに。

 


7月18日
大荒れの天気、目の前に雷が落ち、東京23区に雹が降った日。
妻がスタバでゆっくりしてたら、突然"おしるし"がくる

電話で聞いたら、まずは安静にしましょうということで、家に帰った。

ら、まさかの破水…
かくして妻ひとりタクシーで成育医療センターへ。

僕は横浜で仕事中だったので、途中で切り上げ、病院で合流。
痛みはないが、破水に間違いはないたのことで、入院…


先生より「子どもは2800g、心疾患があるので、正期産に入るまでは安静にしてましょうね」
しばらく入院か〜と、バタバタと入院手続に追われ、帰宅して寝たのが深夜1時ごろ。

 

 

7月19日
朝5時ちょっと前に妻からLINE電話
「陣痛きた」
俄かには信じられないが、急いでタクシー捕まえて病院へ。
6時
妻は悲鳴をあげていた。阿鼻叫喚。

夫、マッサージ等試みるも完全に無力
無痛分娩を希望していたので、麻酔科の先生がささっとカテーテルで麻酔を入れてくれた

8時

打って変わって、リラックスムードに
「あんま痛くない、けどお腹が張ってる感じ」
緩やかに開きゆく子宮口
助産師さん「今日か、遅くとも明日午前には産まれるかな」

10時半
陣痛促進剤を投入、あれよあれよと子宮口が開いていく
助産師さん「今日の夕方には産まれるかな」

11時
胎児に負担かかるのは心配だよね…と、
お医者さんがぐいっと子宮口をあけてみる

12時
気づくと子宮口全開、さっそくお産の体制に

助産師さん「もうすぐ産まれますよ」

時空が歪む

 


「無痛分娩だといきみにくい」なんて言説もろともせず、
上手くいきんで周りから絶賛される妻
「ちょっとお医者さんくるまでいきむのゆっくりにして!」と助産
恥骨の合間を器用に抜けてくる天才的な我が子
ポカリ渡す専用マシーンと化した夫

 

12時48分
誕生!かわいい男の子、取り出されて泣き声をあげた時には僕も妻も号泣。
写真を撮って、状態もとても良かったためママとの早期接触を行う。幸せ!
その後NICUへ。
あまりにスルスル産まれたため、見にきた母親(ばあば)は対面できず…

おしるしから産まれるまで、僅か20時間でした。

 

あいだの時間、妻の回復がはやく、ピンピンしている

僕は、前倒ししてしまった仕事の再調整に追われる。

子どもの病気のことを伝えるべきかどうか、こういうとき、いつも迷ってしまう。

難しい。

 

17時半ごろ
呼び出され、心臓の状況を聞く。
どうやら総動脈幹症ではなく、榊原で指摘されたもう一つのほうだった。

両大血管右室起始

大動脈弁狭窄(重度)

大動脈縮窄

 

細い大動脈がある、そして動脈管が閉じるとショック状態になるため、開きつづけるためにプロスタグランジンを投与しつづけている、と。

最初に肺動脈絞扼術をやるのことには変わらないが、プロスタグランジンは点滴でないと入れられないため、姑息手術後の一時退院は出来ない、と…

 

姑息手術後、数ヶ月してから根治手術だが、根治手術の方針や時期は、今すぐには決められない。
数ヶ月間様子を見ながら考えるしかない

 

姑息手術は明日の午後とのこと。急すぎる。

ともかくも、元気に産まれてくれて、ありがとう。
せっせと帰宅し、妻の服を洗濯、死んだように寝る

 


7月20日
8時半にNICUへ。
心臓外科と麻酔科の先生から、肺動脈絞扼術の説明を受ける。
死亡率20%、改めて説明されてビビる。

妻は動じず。
ぼくもしっかりしなきゃ。


13時15分手術開始、待合室で待ち続ける。

麻酔で2時間、絞扼術で2時間と聞いていたが、2時間半で無事終了。
外科の先生からの報告を聞いた時は緊張が緩んでその場で全身の力が抜ける。

良かった。


その後、NICUに呼ばれ術後のベイビーと対面。
胸に大きい傷があり、あちこちに管があるものの、落ち着いている様子で一安心。

 

本当に、この子は強い。

f:id:tepepapa:20170721202102j:plain


心臓は人と違っても、生命力と精神力がものすごくある。
彼の幸せのために、パパ頑張らなきゃいけない。

 

根治手術の方針は、基本的には
心室修復術か、

フォンタンか。


心室修復術のほうが圧倒的に予後が良いのでそちらで出来るよう、彼の心臓とお医者さんの腕前をひたすら信じる。

 

 


ここまで。完全に備忘録のための日記…

長期入院なのでその間、彼にしてあげられること、根治術のこと、早いうちにしっかりまとめておく。

入院が続く以上、周りより少し発育が遅れるのはもうこの際良くて、NICUにいる時間も、根治術後の子どもとの時間も、大事にしたい。

 

 

以上、長々と失礼しました…

 

病気というアイデンティティ

病名が分かってから2か月とちょっと経ちました。

色んな方に声をかけていただけて、本当に救われています。

 

お陰様でお腹の中の子はすくすくと、育っています

(むしろおでぶちんなぐらい…)

弁の逆流も、他の合併症も今のところは見つかっていないのですが、

そうシンプルに「治療して終わり~」という病気ではなく、

ずっと心臓の状態の変化、生まれてからは感染症を気に掛けねばならない。

いつもエコーをとるのが、正直こわい。

でもまあ、お腹の中で元気なのはうれしいもんです。

 

妻はいま仕事を休職中で、

平日昼に、心臓病の本とにらめっこしていて、

色んな知識をぼくに教えてくれます。

ぼくもじっくり本を読んで、

どんな覚悟しなきゃいけないのか、

どんな時に判断をしなければいけないのか、

自分の頭をこねくり回して考えねば―と思っているのですが、

時間と心の準備が追い付いていないのが正直なところです、、、

母は強しだな。

 

話は変わりますが、小林麻央さんが亡くなりました。

色々な記事がSNSには出回っていますが、彼女のブログのある記事の一節

「病気になったことが、私の人生を代表する出来事ではない」

これにとても勇気づけられました。

 

本当にうちの子も、

心臓病の陰に隠れた人生じゃなくて、

たくさん人を愛して、たくさん愛されて、

運動はできなくとも豊かに育って欲しい。

 

同時に、自分も「病児の父」という囲いに囚われず、

この子のたったひとりの父親として

出来ることを探していこうと、決意しました。

 

産前エコーで病気のことを知って、すごいショックを受けたときは

 

知らずにいたかった…

生まれて、すぐ病気が判明して、間髪入れず手術になるぐらいが、良かった。

長い間、まだ見ぬ子の病気を考えなければいけないなんて、辛すぎる

 

なーんて思いましたが、

やっぱり早い段階で分かっている方が、心の準備ができますね。

 

f:id:tepepapa:20170625084444j:plain

Curious George | Carteles/ Posters/ Affiches | Pinterest | ポスター と 児童書

 

今日の写真は「おさるのジョージCurious George)」

大好きなキャラクターです。

ちなみにうちの子の名前の第一候補は「おうせい」でして

好奇心旺盛(Curious)な子に育ってほしい、という思いがあったりします(笑)

「黄色いおじさん」になれるといいな。

おそるおそる、開設。

どうして、病気の人は闘病記を書いたりするのだろう。

ずっと疑問に思っていましたが、ようやっと、なんでか意味が分かりました。

一人じゃ抱えくれないぐらい不安で、情報が欲しくて、仲間が欲しくて、でもそれだけじゃ申し訳ないから、ちょっとでも手を差し伸べてくれる人たちの役に立ちたい、と。

 

同じ病気を抱えて生まれた子のパパママのブログを見て、何度も心救われました。

それと同時に「お星さまになってしまった」話を見るたびに、本当に泣きそうになります。

 

***

うちの息子。

といっても、今はまだ妻のお腹のなかで、今年2017年の8月ごろ出てくる予定ですが、

先天性の心疾患を抱えています。

「総動脈幹症」

総動脈幹症(Truncus Arteriosus) | 小児心臓外科 | 小児循環器・周産期部門 | 診療科・部門のご案内 | 国立循環器病研究センター病院

お腹の中にいるとき、2つに分かれるべきものが、何らかの原因で、分かれなかった。

言葉にするとシンプルですが、難しい手術を何度も受けないといけないし、

生涯にわたって付き合っていかなくてはならない病気です。

 

とにかく不安で、病名でググりまくったり、勇んで医療論文読もうとしてもっと不安になったりする毎日です。

 

もし生まれてからすぐ死んじゃったら・・・

辛うじて生き延びても「人並に暮らす」ことが二度と無理な状態になってしまったら・・・

 

考え始めるとキリがなく、絶望の渦に巻き込まれそうにもなりますが、

子どもを産む妻だって辛いし、

何より本人が一番辛い手術や症状を乗り切らなければなりません。

パパもメンタルでやられてしまってはいけません。

 

子どもの力を一番信じてあげられるのは親です。

 

全てがうまくいってからは「ああ、昔はこんな大変だったんだなあ」と、自分たちがポジティブな気持ちで振り返られるよう、

そして同じ状況になってしまったお仲間が勇気づけられるよう、

万が一の、万が一の時には「この子が生きていたんだよ!」という痕跡が、僅かでも残るよう、ブログを作りました。

 

子どもが生まれるまでは気まぐれに、

子どもが生まれてからは、自分が病気や病状を理解すべくなるべく定期的に、

書いていこうと思います。

 

あんまりブログとか書くのは得意じゃないし、

先輩パパママのブログを見てると、なんというか「他人の人生まで生きてしまう人」もいて、家族が傷つくこともありそうで、怖いのですが、一歩踏み出してみます。

 

全てがうまくいきますように。

写真は今日行った目黒の自然教育園の大木。

なんか、心臓の肺動脈と大動脈が分かれているように見えて、縁起が良いな~って(笑)

f:id:tepepapa:20170429185718j:plain